高木敏子著「ラストメッセージ」おわりにより

高木敏子著「ラストメッセージ」おわりにより

『ガラスのうさぎ』を出版して、今年でちょうど三十年でございます。わたしも七十五歳になりました。今までよく生きた、生かされたという思いでございます。
『ガラスのうさぎ』 の元となった『私の戦争体験』は、ただただ戦災横死した両親、妹二人の三十三回忌の供養のために書きはじめました。「親孝行、したい時には親はなし。さりとて墓にふとんは着せられず」 とは言いますが、せめて書くことによって親孝行がしたかったのです。
幸いにも『私の戦争体験』 は一九七七(昭和五十二)年十二月八日に『ガラスのうさぎ』として出版することができました。
 今や戦争を知る世代は圧倒的に少なくなりました。戦争を体験しない人、戦争の悲惨さを知らない人たちが世の中を動かしている時代です。昭和も終わり、敗戦から六十余年が過ぎました。戦争は昔の話なのでしょうか……。.わたしは今むしろ日本は戦争に近づいているような気さえするのです。
 各地の講演で多くの方々との出会いの中で、本では伝えきれな勝った戦争への思いを語らせていただきました。けれども体力の衰えを感じるこの頃、もはやみな様と会ってお話しすることができなくなりました。せめて戦争の一端を私の人生から感じ取っていただけたらと、最後に身を削る思いで〈ラスーメッセージ〉をまとめさせていただきました。
 恐ろしいのは、戦争の惨さ、悲しみが忘れ去られることです。かつて戦争によって人々の人生が大きく変わりました。何の罪もない、普通の人の人生が変わってしまったのです。
それが戦争なのです。
 わたしのすべての心と限りある命をもってお願いします。「戦争」の二文字のために、他国の人も殺さず、自国の人も殺されない、世界に誇れる文面「憲法第二章第九粂」を守り続けてください。平和はすべての原点なのです。
病気もわたしの長い人生において切り離せないものになっています。この本の執筆中も病院の方々に大変お世話になりました。宮崎先生、梁先生、田久保先生、山上先生、大田先生、また親切にお世話してくださった看護士の皆様に感謝申し上げます。おかげでこの本も書き上げることができました。
 思い返せば十三歳と二カ月まで両親の愛情をいっぱい受け、二十四歳で結婚するまでは兄夫婦の世話になり、何とか生きてまいりました。その後は夫、多くの人さまに、わたしは育てていただきました。
 まだまだ本文の中でお礼を申し上げたい方がたくさんいらっしゃるのですが、また主治医の先生にしかられる(?)ので残念ながら、ここで筆を置きます。
ほんとうに、ほんとうに高木敏子を応援してくださったみな様、心より御礼申し上げます。合掌


素晴らしい町二宮